VDWEについて

 

ファンデルワース・エピタキシーとは

埼玉大学大学院理工学研究科 上野啓司

近年における薄膜作製技術の進歩により,多種多様な物質に対して薄膜成長の実験が試みられ,薄膜の結晶性向上や成長メカニズムの解明といった研究が幅広く行われるようになった。それらの研究において,用いられる基板および成長物質の組み合わせは非常に多岐にわたっているが,単純には基板と成長物質が同じである「ホモ成長」と,両者が異なる「ヘテロ成長」に分けられる。ところがこの「ヘテロ成長」のほとんどの場合において,使用する基板と成長する薄膜の間で結晶構造・格子定数や熱膨張率などが一致しない。この不一致がヘテロ成長において,良質なエピタキシャル薄膜の成長を困難にしている。

例えば,Si や GaAsといった半導体単結晶基板の清浄表面には,結合が切れたことによるダングリングボンドが存在するため,反応性が高く元素吸着に対して非常に活性である。このような基板表面に他物質の薄膜成長を試みると,一般にはその界面に共有結合性の「強い」結合が発生する。ここで基板と成長しようとする物質の結晶構造や格子定数が異なる場合,成長薄膜の結晶構造はこの「強い」結合によって歪められる。膜厚が薄い場合には結晶格子が歪んだままエピタキシャル成長する場合もあるが,いずれにせよ膜厚が増加し,蓄積された歪みエネルギーが臨界値を超えると,薄膜中には格子不整合転位と呼ばれる欠陥が発生し,薄膜の結晶性は著しく悪化する(図(a))。また結晶構造や格子定数がほとんど一致する場合でも,熱膨張係数が異なる場合には,薄膜成長時の温度から室温まで基板温度が変化する間にやはり薄膜中に歪みが発生し,薄膜の結晶性が低下する要因となる。これらの現象は,基板―薄膜界面に強い結合が存在する限りは避けることは困難である。このためヘテロ成長で結晶性の良い薄膜を得るには,界面の歪みをなるべく解消するために,何らかの中間層を設ける手法が取られることが多い。

一方,自然界にはその清浄表面に活性なダングリングボンドが現れない物質も存在する。最も有名なのが炭素の同素体であるグラファイトで,その結晶中では炭素原子が強い共有性のsp2結合によって 2次元平面状の単位層を形成し,それらが π 電子間の弱いファンデルワールス力を介して積層している。このため層に沿って容易に劈開し,その劈開面上には共有結合が切れた活性なボンドは現れない。層内の結合が切れた場合にはその端にダングリングボンドが出現するが,層に垂直方向には元来強い結合が存在しない。このグラファイトのような2次元的異方性を持った結晶構造を持つ物質,いわゆる「層状物質」は天然鉱物として,あるいは人工結晶としても数多くのものが知られている。それらの劈開面はほとんどの場合不活性であり,多くの物質の吸着に対し共有結合的な「強い」結合は発生しない。

さて,このような層状物質劈開面を基板として薄膜成長を行うと,どうなるであろうか。反応性が非常に高い場合を除けば,基板上に入射する物質は表面の結合を切って強い結合を形成することができない。その一部は 基板表面から再蒸発するが,残りは基板表面を拡散後に成長核を形成し,薄膜を形成する。その際,入射物質によってはその物質自身の固有の結晶構造・格子定数を持って薄膜成長することが可能になるのである(図(b))。小間研究室ではこの層状物質基板上での様々な物質の薄膜成長について研究を行い,その結果,結晶構造や格子定数の大きく異なる異種層状物質間でのヘテロ成長,あるいは層状物質基板上への有機分子性結晶ヘテロ成長において,結晶性の良い薄膜をエピタキシャル成長できることを報告した。この層状物質基板上へのエピタキシャル成長は,主にファンデルワールス力のような弱い相互作用を介して進行することから,1984年に小間によって“van der Waals epitaxy (VDWE)”と命名されている。

活性なダングリングボンドを持つ一般的な3次元結晶の清浄表面であっても,もしそれらのボンドを適当な原子によって規則的に終端し不活性化することができれば,その表面は層状物質劈開面に類似した不活性表面となり,ファンデルワールス力のような弱い力を介した層状物質薄膜のヘテロエピタキシャル成長が可能になる(図(c))。これまでに,水素終端Si(111),硫黄/セレン終端GaAs(111)A,フッ素終端CaF2(111),およびbilayer-GaSe終端Si(111)といった不活性化表面上に,NbSe2, MoSe2, GaSe, InSeといった層状物質の薄膜をヘテロエピタキシャル成長することに成功している。

(以下続く。)

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